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私とLPB 第4回

(この記事は、2017年8月23日にメルマガで配信されました。)

第4回目は株式会社リコーの大槻隆志さんです。では、大槻さんよろしくお願いします。

今回はリコーの大槻がコラムを担当させていただきます。
私は今の会社に入社以来、LSI関連部門で設計に従事してきました。
私が関わった初めての大きなLSIは入社3~4年目のときで、京都の某大手メーカーのゲーム機器向けのLSIであり、その設計に携わることになり、当時は毎日京都へ通い、設計チームメンバーとして黙々とかつ一生懸命に仕事をし、帰ってきたときは日が変わっているといった日々が続いたものです。今から思えば非常に良い思い出です。私たちが開発したLSIが搭載された製品が大きな舞台で発表され、発売された1990年の秋のことはいまだに鮮烈に記憶に残っており、世の中の話題となった製品に少しでも関わったという何と言いますか、満足感、いや達成感、喜びを忘れることはできません。この仕事はハードな業務にも関わらず、チーム内の連携、信頼関係、オンオフの切り替えが非常にうまくいき、チームとしての雰囲気も非常に良く、辛いといったことをほとんど感じなかった事例ではないかと思います。今から振り返るとそのような駆け出しの若造に大きな仕事、経験を私に与えていただいた当時の上司には本当に感謝しています。

さて、LPBの話に移りますが、上記製品の基本動作周波数は約21MHzであり、今のGHzオーダーからはとても考えられないくらいの動作速度です。今ではあまり考えられませんが、当時はLSI設計に入る前に回路の妥当性を確認するためのディスクリート部品を使ってのブレッドボードと呼ばれる実動作確認のための機能評価用基板を製作していました。この基板は1枚ではなく複数の基板から構成されており何段積にもなっていたように記憶します。このブレッドボードにおける部品間配線はとにかく繋がっておればよいといったもので、回路修正のためのスパゲッティ状配線や空中配線は至る所にありました。それでも動作としてはしていましたし、実動作としての回路確認の役目を果たすものとしては非常に大きいものでした。当時はおそらくSI、PIという言葉はまだ無かったと思いますし、当然ながらLPB協調設計という概念はありませんでした。そのようなことを考えなくても動いていた時代が確かにありました。現在のLPBにも関連する作業としては、基板における部品配置の検討がありましたが、基板担当者とは部品レイアウトにおける配線効率を目的とした端子配置についての相談をしたくらいで、現在のLPBのような設計構想段階におけるモデルを使ってのシミュレーションによる信号波形、ノイズ、伝送品質等の確認、対策といった開発工程、フローはありませんでした。LPB協調設計をしなくてもロジック、回路さえ間違いなければ確実に動作する時代でした。
その後時は流れ、LSIの性能は飛躍的に進歩し、今やGHzオーダーといった高速化、低電圧は当たり前となっています。私がLPB協調設計というものを意識し始めたのはDDR3が世の中に出始めたころからではないでしょうか。それまでもノイズ波形観測や、誤動作解析を行う過程のなかで、SI、PIといった物理的動作原理に基づく現象は目の前で見ていましたが、理論的な背景に基づく対策というよりは経験からくる対策で急場を凌いでいたことが多かったと思います。しかし、回路の複雑さや高速化、低電圧化に対してはいつまでも経験による対策だけで補えるものでは無くなってきたと同時に、しっかりとした理論的背景を理解し、それに基づく対策を講じることが必要となってきました。今までLSIそのものの設計しかしてこなかった人間がここで初めてLPBというシステム全体を見据えた物理的理論の勉強に取り組みました。実際勉強を始めると今まで経験で体感していた信号波形、ノイズがどのようにして発生しているかが手に取るように面白く理解でき、頭の中が非常にすっきりしたのを覚えています。なんだか今まで解けなかった問題が急に解けたような気分でした。完全にこの分野にのめり込んでしまいました。

私とJEITAの関わりですが、上記のような意識をし始めたころか、それに前後していたころにJEITAというところでLPB-WGのメンバーを募っているから参加してこいという当時の上司の一言でまだこの分野では右も左もわからない私が関わることになりました。
製品開発において社外のメーカーと関わることはいろいろとありましたが、ある活動のためにさまざまなメーカーの方が集まるといった場に参加するのは初めてであり、ましてやほぼLSI開発しかやったことのない私が未知の分野の活動に参加するとは思ってもみませんでした。
LPB-WGが発足し、第一回目の会合が2010年春にありましたが、当然知り合いも全く無く、とにかく会話について行こうとメンバーが話す内容を聞き逃すまいと真剣に聞いていましたが、LSIしか経験のない私としては理解できない場面もあり、やはり最初は場違いなところに来てしまったかーと思ったものです。しかしわからない単語はメモし、帰ってから調べるということだけは確実に行っていました。そうこうしているうちに会話も理解でき始め、また何よりもメンバーの真剣さ、誠実さ、前向きな姿勢、そして会社を超えた日本の産業に資する活動であるということを感じ始めたことにより、活動の面白みが分かってきたと同時に、個性という言葉が最適かどうかは別としてそれぞれのメンバーの人柄と接すること自体も今後の自分にとって大きな意味を持つと感じるようになりました。それが私とLPB-WGの出会いでした。

JEITAの大きな活動として標準化という目標があります。
LPB-WGの活動はまずは設計現場において困っている課題を抽出するところから始まりました。そしてその課題を解決するための各社共通の対策を検討するという流れになりましたが、そこで検討されたのがLPB共通フォーマットです。
このフォーマットは設計現場の第一線で身をもって苦労してきたメンバーが本当にあったらいいなーという思いで作りあげた共通フォーマットです。共通という言葉のなかには各社のノウハウとなる部分との切り分けという意味で非常に議論を尽くされ、厳選され、それでいて設計現場における開発効率UPに寄与するといった非常に困難なことに向かって取り組んだという意味が含まれています。
そのようにして生まれたフォーマットですが、作るだけでは意味がなく、これを設計現場において普及させ、設計者に使っていただくことで設計効率の向上に貢献することこそが、私たちが目指す目的です。そのための手段として私たちはそのフォーマットの標準化に向けての活動を始めました。
そのフォーマットを設計者が使うLPB関連ツールを開発・販売しているEDAベンダーに採用していただくことでフォーマットの普及を図れ、また採用する側のEDAベンダーの立場からも権威のある標準であれば信頼性という観点からも採用し易くなり、逆に標準をサポートしていないことがユーザーから見た場合のデメリットにもなり得ると想定しました。
JEITA自体がJEITA規格として多くのものを発行していますが、LPB関連のツールをリリースしているEDAベンダーの多くは海外が多いため、私たちはまず国際的に通用する標準を目指す活動を行うこととし、その活動を行うためのワーキンググループとして国際標準化WGが新設され、そのリーダーに私が任命されました。2013年のことでした。任命に至る経緯は実にあっさりとしたもので、ある日何の前触れもなく私の携帯にLPB-WGリーダーから突然電話があり、“今度国際標準化WGを新設するのだけれどもそのリーダーをお願いできませんか。“という内容であり、標準化ましてや国際標準化なんて今まで全く経験のない私に何で声がかかったのだろうという懐疑的な思いを抱きながらも、いつの間にか“はい、分かりました”と返事をした自分がそこにはいたのでした。一度“はい“と言ってしまったら後には引き下がれない性格ですので、とにかく新しい経験になるだろうと自分に言い聞かせ、引き受けることにしました。早速、国際標準化WGにおけるメンバーを選出しました。LPB-WGのメンバーは本当に役者揃いですので、みんなの協力のもとで何とかなるだろうという思いは心の中ではしっかりと持ってはいました。しかし、何故私に白羽の矢が当たったのかは未だに謎のままです。

国際標準化と言っても様々な標準化団体がありますが、国際標準化WGの最初の仕事はどの標準化を目指すのかというところの議論から始まりました。
議論の末、IEEE標準化を目指した活動を行うことにしました。IEEEはJEITAとも非常に密接な関係にあり、またIEEEは電気分野では最も権威があるIECともDual Logoという連携もあり、IEC国際標準化への道筋もありました。IEEE標準化を目標とすることに決まったものの、とにかく国際標準というものに関しては全くのシロートでありゼロからのスタートでした。
IEEE標準化に向けては様々なステップがあり、また標準におけるドキュメントフォーマットも厳格に定められています。私たちはまずそれらのステップの理解と標準作成手順書の読み込みから始めました。さらにIEEEの他の標準も参考にして、LPBフォーマットのIEEE標準ドキュメントの全体構成を決めていきました。まあとにかくやる事すべてが目新しいことばかりではありましたが、まじめに取り組み、今までだれもやったことのない世界への挑戦ということで貴重な経験となりました。国際会議においてはLPB-WGリーダーがチェアマンを勤められ、その采配ぶりには感心するばかりでした。
通常、IEEE標準達成までは3年以上の年月が必要とされていましたが、このLPBフォーマットのIEEE標準化は約2年間で達成できました。これはおそらくIEEE標準化期間としてはかなり早い達成期間となったのではないかと思います。これだけ早く達成できた理由としては、やはりIEEE標準へ持っていくまでにJEITAで策定したLPBフォーマットの完成度が高かったことが挙げられると思います。LPB-WGメンバーによる設計現場の課題抽出から始まり、それに対する解決策として必要な要素をフォーマットとして盛り込み、かつ設計フローへの適合、目的を明確にしたフォーマット構成といった非常に分かりやすいものとしてベースが出来上がっていました。この初期バージョンは本当に良く考えられており、LPBフォーマット策定の中心となって活動した当時のフォーマット策定WGのメンバーを始めとし、この策定に関わった多くのメンバーの知恵と努力の賜物です。このあたりの話は今後のコラムにてメンバーから多くのエピソードが紹介されるものと思います。
2015年のIEEE標準化達成後、2016年にはIEC国際標準としても達成しました。この標準はEDA関連の国際標準としては日本発のものとなったことも大きな意味を持っており、迷走を続ける日本産業にあって、なせば成るという事例となれば幸いであるという気持ちで一杯です。LPBフォーマットは現在多くのEDAベンダーに採用され、またLPBフォーマット自体も時代のニーズに対応したものとして常に進化を続けていますので、それらについてはまたバージョンアップ版としてみなさんにお知らせできると思いますのでご期待ください。

これで今回の私のコラムは終わりとさせていただきますが、LPB-WGは現在進化し、半導体&システム設計技術委員会としてさらに活動範囲をシステム開発にまで広げています。今年の6月30日に開催された第一回DVCon Japanにおいても私たちはLPBトラックにおいて、システム開発に必要なファンクションとフィジカルの連携をテーマとして発表、議論を行いました。まだまだその連携には時間がかかるとは思いますが、時代の変化、進化に伴う設計技術を如何に取り込んでいくかが今後のシステム開発の大きな鍵になります。ぜひともみなさんからも意見をいただけたらと思います。

最後になりますが、LPB-WG発足時に初めて参加したときはここまでの経験、成果につながるとは予想だにしませんでしたが、一番良かったのはLPB-WGという場に集まった様々な会社からきたメンバーとの出会いです。いつも前向きでまじめな姿勢であり、誠意を感じることができ、まさしく人と人との連携がうまくできています。そして会合のあとはいつも力を貰って帰ります。このようなメンバーと一緒に仕事ができたことは私自身の大きな宝となりました。みなさんには本当に感謝の気持ちで一杯です。

このコラムを読まれた方で私たちの活動に興味を持たれた方は是非この活動にご参加ください。

大槻隆志

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