コンテンツへスキップ

私とLPB 第10回

(この記事は、2018年5月9日にメルマガで配信されました。)

第10回目は株式会社図研の古賀さんです。では、古賀さんよろしくお願いします。

こんにちは、図研の古賀です。
2010年からLPBに参加し、主にEDAベンダーの視点でLPBフォーマットの作成に協力させて頂いております。

会社での業務は、2006年頃からLSI/PKG/PCB協調設計環境の課題について取り組み始めました。
数年後、いくつかのソリューションを出し始めたころ、主査の福場さんから声を掛けて頂き、LPBに参加する事になりました。

EDAベンダーとして、これから作成するLPBフォーマットの内容を考えてゆく必要があったと思いますが、
私は図研に入社して最初の配属は回路図エディタのアプリケーション開発だった為、
LPBに入った当初はレイアウトツールのデータベース構造も良く理解しておらず、
貢献するというよりも、勉強することの方が多かったと記憶しています。

お陰様で、色々と勉強させて頂き、LSI/PKG/PCBそれぞれの領域で異なる設計文化があり、
同じCADでも各社各様でツール毎に様々なデータ構造があるという事が分かりました。

半導体業界では標準化が進んでおり、ツール間のインターフェースも比較的スムーズにできている一方、
PKG/PCBのCADでは標準化が進んでいませんでしたが、
LPBフォーマットが生まれたことで、部品情報(受動部品など)が
PKG/PCB設計、解析までつながり、大きな効果が見えてきました。
また、相互変換できないCADデータを意識せず、構想設計段階で一気通貫に
やりとりができるようにもなりました。

恐らくEDAベンダーだけが集まって、標準フォーマットを作ろうとしても収拾が付かなかったと思いますが、
ユーザー様が中立的な立場で、現場で必要とされる情報だけを纏めたお陰でLPBフォーマットが完成し、
国際標準まで持って行くことが出来たのだと思います。

ここまではLPBでの活動内容に関する話しでしたが、私は図研の中でも2つやる事がありました。

1つ目は、EDAベンダーとして最も期待されていた、インターフェースの開発です。
フォーマットが作られてもツールが対応しないと多くの人に使ってもらうようなフォーマットに広げていくのは難しいですが、
ユーザー様がいない中での開発の着手は簡単ではありませんでした。
それでもLPBメンバーの熱い思いを社内にも伝え、何とか開発に漕ぎつけ、
EDAベンダーとしては先駆けてLPBフォーマットを対応させて頂きました。
今では様々なEDAツールがLPBに対応し、アンシスの渡辺さんが先日のLPBフォーラムで仰られていたように
卵と鶏の議論からヒヨコが生まれてきた状況になってきたと思います。

2つ目は、自社のLSI/PKG/PCB設計環境の構築です。

LPBでは様々な業界にいる様々な立場の人たちがいらっしゃって、その中で議論される内容は大変貴重なものでした。
LPBに参加させて頂いた事で、半導体からシステムまでのモノづくりの流れやサプライチェーンの仕組みを知ることができたと思います。

議論の中では、フォーマットで解決される課題もありましたが、手作業でのインターフェースは
ヒューマンエラーの原因となり、EDAツール側でも出来る事も色々ある事が分かり、
ここで得られた貴重な情報を参考に、自社の設計ツールの開発に役立てて行くことができました。
今はその設計環境をお客様に提供できるようにましたので、少しでも恩返しが出来ていれば良いなと思います。
最後に最近のLPBの課題について。
前述したとおり、各社EDAツールのデータの持ち方は様々で、フォーマットとの差によって、多少解釈に違いが出てきてしまいます。

今いくつかの会社でLPBを使ったベンチマークが行われ始めており、
解釈の違いで問題が出てきていますが、LPBのワーキンググループでは、それらを吸収するHUBも用意されているようで、出てきた課題に対して、すぐに対応するところもLPBの良いところだと思います。

解釈の違いを完全に是正していくのは難しい問題ですが、ひとつひとつきちんと取り組み解決していくことでLPBが成長し良くなっていくものだと信じておりますので、
日本初の世界標準フォーマットをお客様の設計環境の中でもどんどん使って頂ければ、と思います。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。